オリンピックでは、たくさんの涙が見られます。
銅メダル獲得の歓喜の涙もあれば、銀メダルを獲得しても悔し涙を流して自分を責める選手もいます。
私達から見れば、どちらも尊い涙です。
先月、ル・コルビュジェの建築作品である国立西洋美術館が、東京23区で初めて世界文化遺産へ登録される事が決定しました。登録が決まってから、連日多くの人で賑わっている様です。
そして私は、先日たまたま久しぶりに銀座の中銀カプセルタワービルを見ました。
1972年に完成したこの集合住宅は、建築家 故黒川紀章氏が設計したもので、当時のメタボリズム(新陳代謝)運動を象徴するものだったので、学生時代に何度も見学に行った事を思い出します。まだ建物が築10年前後の頃です。
当時、都内の大学の建築学科に通う学生なら、国立西洋美術館と並んで、誰もが必ず一度は見学に行ったはずの有名な建物です。
用途はマンションですが、まるでSF映画に登場する様な外観からはとてもマンションには見えません。
それぞれの部屋はユニット製(カプセル)になっていて、カプセルごと交換できる設計が謳い文句でしたが、居住ユニットの交換は一度も行われなかったと聞いています。
完成から45年近く経った現在でも、その斬新なデザインは威容を誇っていますが、さすがに老朽化が激しく、もう何年も前から存続の危機にある様です。
建物全体140戸のうち、すでに約半数が居住しておらず、管理費などの負担も問題となっているそうです。
建築当時は100年以上はもつ事を想定していたと思われるので、すでに過去の遺産となった現在の様子は想定外だった事でしょう。
著名な建築家が思い描いた未来の都市とは異なる姿がそこにあります。
耐震性などの安全面での不安や、アスベストによる健康被害、設備の陳腐化、配管の老朽化による水漏れ事故の多発などで建て替えを希望する区分所有者が多く、一度は建て替えが決議されたものの、歴史的建築物として保存・再生を望む所有者もいて、いまだ解決の糸口が見えないそうです。
メタボリズムと呼ばれた当時の建築運動を反映した、建築の有機的な成長に対応するためのカプセル交換はついに一度も行われずに、交換不可能な構造躯体の耐震強度不足などが原因で、その役目が終わろうとしているのは何とも皮肉です。
日本と欧米の文化の違い
一方、世界的に有名な歴史的集合住宅といえば、世界遺産にもなっているスペイン バルセロナのカサ・ミラがあります。
設計は誰もが知るアントニオ・ガウディ。1906年から1910年にかけて建築されたといわれるこの建物は、わが国の中銀カプセルタワービルよりもさらに半世紀以上古い建物です。
直線部分を全く持たないこの建物は、建築物というよりもまるで彫刻の様で、いかにもガウディらしい建築です。
現在内部はガウディ建築に関する博物館になっているそうですが、今でも現役の集合住宅として、4世帯ほどが居住中との事なので驚きです。
スペインでは、この様な歴史的価値の高い建築物に対して、建て替えるなどという選択肢は存在しないのでしょう。
建物は古くなるほど風景の一部となり、いろいろな人の思い出に残って、愛着が増すというのがヨーロッパの人達の考えだからです。
思わず日本とヨーロッパの文化の違いを実感してしまいますが、誰がどの様にして建物のメンテナンス費用などを捻出しているのか不思議です。
我が国においても、長年に渡るスクラップ&ビルドの考え方を、真剣に見直す時期が来ている様に思います。